人生に恋

ペンドレッド症候群と仲良く。

勉強。

高校時代以来ぶりに、英和辞典を引っ張り出す。

いろんな思い出が溢れ出す。

 

学生時代、授業を受けることさえままならない状況だったため、

授業に出席することだけに命がけ。

授業も満足に受けられず、毎日強烈な発作に見舞われるため、
予習も復習も勉強もできず、、ただただ病との闘い。

 

クラスメートの辞典が使い込まれているのをみると、

自分の新品同様な辞典が恥ずかしくて仕方なかったっけ。


もう二度と英語勉強したくないとおもってから、10年。
聴覚障害者にとって、英語の授業は音楽の授業と同じくらい屈辱的でした笑)

気がついたら、海外の友人に恵まれ、

彼らと話したいという気持ちから、英和辞典と教科書に触れていることに、
不思議な気持ちになる。

 

そして、嬉しくなる。

 

ああ、勉強できるくらい、元気になってきたんだなって。


どう巡り巡ってくるのかわからないものだね。本当に。

終戦。

終戦日。

色々思うことがたくさん。

父方の祖父は、戦時中北朝鮮で生まれ育つ。軍人一家だったため戦後いろんな苦労をする。軍人だった曾祖父は終戦後数年経ってから変わり果てた姿で戻って来る。亡くなる直前まで、毎日のように真夜中に突然泣き叫んで、「ころしてくれーなぜ、俺を殺さなかったんだ。死ななかったんだ」「部下たちの命を奪ってしまった。わたしが死ぬべきだった」と声を押し殺していた。


父方の祖母は、東京渋谷で生まれ育ち、東京大空襲にあう。渋谷、表参道などで何日も焼け焦げた遺体を目にしながら、避難中にはぐれた曾祖父を探したが見つからず、、、。降り注ぐ炎の雨とB29の飛行音をいまでも忘れることができないという。B29のパイロットの顔がみえるくらい近距離だったとか。。


母方の亡くなった祖父は、兵隊さん。でも、結核になり、離隊。しかし、所属していた隊は戦地に赴き、みんな戦死。自分だけ戦地に赴けず戦死しなかったことをずっとずっと罪の意識に苛まれる。戦争について一切口に出さず、ただ、「あの戦争は間違っていた」それだけつぶやいていた。

母方の祖母は、満州で生まれ育つ。戦後、すべてを投げ捨て、命からがらで帰国。日本へ向かう途中、沢山の人が自死したり病死したり、家族と離れ離れになる人を目の当たりにする。「大地の子をみると、胸が痛くなる」と震えながら涙を流す。


幸い、祖父母たちが実際に経験した戦争について話してくれていたから、知ることができた。

また、台湾で一人旅をした際、日本語を話す台湾人の高齢者と関わる機会がたくさんあり、その方々から、「戦時中の台湾」での話を聞いたり。。
旅行で知り合った海外の友人たちから祖父母から受け継いだ戦時中の話を聞くこともできたり、、、。


どの話も、胸が苦しくなる話。
まだまだ知らないことがあるんだなと、反省させられる。


いろんな人の計り知れない苦労のおかげで、いまがある。


いまを大事に生きよう。

黙祷。。

 

障害は、個性ではなく、特徴ではなく、あなたのもの。

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ここ数年、

一人旅をしていく中で、

海外の方とお友達になる機会が一気に増えてきました。

 

そのたびに、

自分の聴覚障害のことを伝えるのですが、

彼らから返ってくる言葉に、いつも吃驚させられます。笑

 

「That's so funny!」
「Really?It's very fresh!!」
「Wow!very intersting!」

 

わたしが聴覚障害があることを知ると、
必ず、すごい笑顔で、この言葉たちと一緒に返ってくる。

日本じゃ考えられない反応。もう、ありえん。笑

 

でも、彼らのおかげで、
自分の中での価値観が一気に変わりました。

 

ある海外の友人に、
「日本ではそういう反応はされない。気を遣われることが多い。なぜ、そのように言えるの?」

と質問してみたら、
「あなたが聞こえないこと、補聴器をつけていること、聴覚障害があることは、個性でも特徴でもない。あなた自身だもの。耳が悪いことも全部含めて、あなただもの。それに、障害のある日本人と友達になるのは初めてだから、新鮮!嬉しい!」

「だって、あなたは笑顔。ずっと笑ってるでしょう。聞こえる人よりも幸せそうじゃないか。」

 

と満面の笑顔で言われる。笑笑

 

すべては自分次第で、自分の考え方次第なんだってことに気づかされる。

 

今までは、

どちらかというと、「障害」は「特徴」と捉えていました。

でも、そうではない。わたしの一部。

 

だから、

「障害」そのものに意識せずに、

自分の一部だからこそ、

自分らしく、明るく笑って生きればいいのだ。

 

わかるわけない。

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”あなたにわかるわけない”

という言葉、

 

とても冷たくとても悲しい言葉だとおもう。

 

なぜなら、自分から離れていこうとする言葉だから。

 

 

いろんな人生、いろんな苦労、いろんな生き方がある。

その人にしかわからない辛さ、悲しさ、涙、戸惑いもある。

みんな、お互い様。

お互いにわからなくて当然。

 

どんなに幸せそうに見える人でも、

もしかしたら、とてつもない孤独を味わってきた人かもしれない。

 

「わかるわけない。」

相手に言ってしまったら、

とてつもなく大きな壁ができるだけ。

 

 

自分の過去を知ってもらう、わかってもらうのではなく、

お互いにいろんな経験を踏まえて、

いろんなものをみてきてできた「いま」=「集大成」で、

向き合って関わっていったほうが希望がみえてくるんじゃないんだろうか。

幻ではない。

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体調を崩し、
持病の関係で、
安静期間に入ってから一ヶ月半。

これまでの出来事は夢だったんだろうか、
幻だったんだろうか、

と、ふと思う。

 

必死に掴み取った当たり前も、
必死に乗り切ってきた仕事の日々も、
全部全部夢だったんじゃないかと。

正直言うと、
悔しくてたまらない。

神さまのバカやろう
って叫びたくなる。

 

 

でも、、
当たり前の日々を切り取った写真をみて、

夢ではなかった。

 

とホッとする。恋しくなる。

 

 

紛れもない事実が写真に残ってることに幸せを覚える。

どこでも、 HUG!!!!

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バンクーバーで見かけたチョークアート

ハグっていいよね。
家族、友人、好きな人関係なく。

海外の友人と接する機会が増えてから感化されて、
友人と会うたびに「ハグ」する習慣が。笑

ふとしたハグに、

「元気だった?」

「生きてる」

「よかった」

いろんな感情が込もっていて、好きです。


ここだけの話。
「大好きだよ。」
「幸せになるように祈ってる。」
そんな気持ちを込めて、ハグしてます。笑

音がある世界と音のない世界。

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先週から、がつんと聴力低下をし、

久しぶりに、音が全くない世界の中での日常。

不思議なもので、
全く聞こえないのに、
脳内では色んな大音量の耳鳴りがするんです。
苦痛ではあるけれど、でも寂しく感じないで済むかも。

音のない世界は、
静かで、寂しくて、でも、落ち着く。

音のある世界と音のない世界を、

ずっと行き来してきたわたしですが、

今回は、その狭間を意識して、

音がなにもないからこそ、

みえてくる光景をフィルムに収めようとおもう。

どんな光景になるんだろう。楽しみ。

もう少し、待って。

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ちょいちょい、まだまだ進行早いんじゃないんですか?病気さん?笑

度重なる聴力低下に慣れたけれど、やっぱり音を失いたくないものです。

でも、いつか音を完全に失う可能性が非常に高い病。現に少しずつ少しずつ聞こえなくなってきてる。

(音を失っても、今までと変わらずバカ騒ぎして人生に恋する自信や受け入れる自信はありますが)

 

だからこそ、いろんな人に出会って、いろんな旅をして、いろんな声を聞いて記憶して、いろんな話をして、音をフィルムに収めるように撮影して、いろんな資格を取って、いろんな職場を経験したい。聞こえるうちに、できることをたくさんたくさんしたい。聞こえなくなってもできることは沢山あるけれど、今だからこそ大事に噛み締めて行きたいものがたくさん。

 

聞こえるって、すごいなとしみじみ。
当たり前って、こんなに恋しいのね。

 

久しぶりの音一つない世界で、いろんな有り難みをひしひし。なんやかんや、いろんなことを気付かせてくれるから、病気のこと憎めないのよね。笑

 

 

はーやーく、もーどーれー♡

そして、早く働きたい。

ふるさと。

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高齢者に携わる仕事をしていると、
「故郷から、住み馴れた場所から、離れる覚悟」
というものを強く強く痛感させられる。

畳の上で死にたい。

 

そんな希望も叶えられるのも稀。

いろんなことを考えて、
残り僅かな日々を、

少しでも迷惑にならないように選択した方々を、

少しでも笑顔が増えるように、

ちゃんと接していこう。

 

そう日々思う。

悪いままではなく

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悪いままで悪い形で終わりにせずに、

良いことをみつけてからお終いに。

どんなに悪くても、どんなに悪い人でも、

お世話になったことに変わりはない。