明日は我が身。

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三密どころか五密であろう職場の食堂にヒヤヒヤする毎日でしたが、

今日から当面の間、休業に。

 

パートの身分で休業補償など踏まえた上で、

経済面を考えると色々シビアだけれど、

まだ雇い止めにはなっていないことに感謝しなきゃと言い聞かせる。

 

職場でよく顔合わせていた派遣社員さんも数人、

来月で雇い止めになり、切ない気持ちでいっぱいになる。

 

明日は我が身。

万が一のことを考えて、次のステップを考えなければ。

 

改めて、

働けること、元気でいられること、

毎日たくさんの人たちと関われたこと、

それらのすべてが本当にありがたいことだったなと痛感。

そして、現在も十分幸せな環境にあることに感謝感謝。

 

今は、とにかく、

お世話になった方々含めて、

遠く離れた大事な人たち、

またその大事な人たちも、

これ以上大変な思いになりませんように。。

 

自粛中は、WEB更新や、

日々胸の奥にしまっていた想いを綴れたらいいなー。

 

 

マスクの向こう側。

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マスクをつけていることが、すっかり”当たり前”となった今。

 

聴覚にハンディがあるものにとっては、

マスクの向こう側がみえず、

頼りになる口の形がみれず、悪戦苦闘するばかり。

 

申し訳ないが、

こんな状況が、

学生時代のときではなくてよかった、、

大勢の人と働いていたときでなくてよかった、、

とほっとする一方で、

聴覚障害を抱えながらも、

それらの現場にいる当事者たちはとても辛いし、大変だろうなと胸が締め付けられる。

 

ただでさえ、

普段から、集団の中で相手の会話を聞き取ることさえ、一苦労なだけに。

 

もし、自分がその立場にいたら、

間違いなく、普段より聞き取ろうと努力しなければいけないあまりに、

聴力低下してしまっていただろうなぁ、、、

発作にバンバンやられていただろうなぁ、、、と。

 

コロナの騒ぎになる前でさえ、

時々、お客さんに捕まる度に、

マスクなしでも聞き取れず、

「大変申し訳ないのですが、補聴器をつけているもので。

 もう一度言っていただけますか?」

と返しても、

「なんで、聞き取れないあなたが働いてるの?」

「は?耳ついてんの?」

と心ない言葉を言われることもあります。苦笑

 

それが、マスク越しだと余計にその確率が高くなったり。

 

そんなことには、

もう学生時代に慣れてしまったので、

無知な人に遭遇しても、

”あー想像できない方に遭遇してしまったか”

と諦めて、謝罪して、別のスタッフを呼んで代っていただたり。

 

 

そんな私の話はさておき、

もし、普段の買い物や、接客などで、

なんだか話が伝わらないな?

聞き取れてなさそうだな、この方。

と思わせるような方々や、

「耳が聞こえないので、、」

と言われる機会があったら、

快く、筆談で対応していただけたらと思います。

 

 

もちろん、

聴覚にハンディがある側も、

しっかりと聞き取れないことを相手に示していく姿勢も大事。

それも、礼儀の一つ!!⇦ここ大事。

 

もし、それで冷たい態度をされても、

あーハズレくじを引いてしまったか

冷たくされた分、

助けを必要とした誰かに遭遇したときに、

心からの笑顔で温かく対応しようと割り切ろう。

 

もう、割り切るしかない。笑

 

少しの辛抱。

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新型肺炎に関するニュースが相次ぎ、

これからどうなるんだろうという漠然とした不安が強まる中、

批判や不満が積み重なり、気持ちが知らず知らずのうちに疲れていく。

 

もう、自分で自分の身を守って、

これまでと変わらず、

仕事に集中して、

衛生面や体調管理もしっかりして、

過ごしていこうと思うこの頃。

 

来年の春には、

みんなで一緒に集まって笑いあってることを楽しみにしよう。

 

この先。

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明日、

明後日、

来月、

再来月、

来年、

再来年、、

 

この先、どうなるかなんて、誰にもわからない。

 

明日も明後日も、

来年も再来年も、

私の耳が聞こえてるかもわからない。

 

元気に働いてるかもわからない。

 

病気を抱えているからこそ、

そう思うのではなく、

この先、どうなるかなんて、

誰にもわからないこと。

 

どうなるかわからないこの先について、

不安に駆られるばかりではなくて、

この先につながる”縁”や、

この先につながる”気持ち”、

気持ちの奥にある”言葉”を大事に大事にしたい。

 

その気持ちを秘めているだけでは誰にもわからない。

だからこそ、

きちんと言葉にして、

きちんと形にして、

目の前にいる人たちに伝えられたらなと強く思う。

 

嬉しい。という気持ちも、

ありがとう。という気持ちも、

辛いんだ。という気持ちも、

頑張ってやるぞー!という気持ちも、何もかも。

 

そして、

できれば、

前へ向きたくなるような、

心が穏やかになるような言葉を大事に。

 

そう毎日反省してばかりです。笑

 

こんなこと言っといて、

わたしは優しくもなくて、

心も広くなくて、

ただのめんどくさがりやな腹黒い性格だったりするのです。反省。。笑

私なりの言葉。

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写真展をきっかけに、

私を知った方が時々ブログを見ていると知り、

まめにブログを書かないとなぁと反省。

サボりすぎて、ごめんなさい。笑

 

 

twitterをやってみると、

聴覚障害を抱えながら社会で生きている人たちが、

ありとあらゆることをつぶやいていて、

時代は変わったんだなぁとしみじみ。

 

これだけ発信してる人がいるなら、

わたしが発信する必要性はないのかなと思ってしまったり。

 

でも、こんな気まぐれなブログに、

時々見に来てくれている人もいると知り、

情報に惑わされてはいけないなって痛感。

 

私だからこそ、綴れる言葉を、

私なりに、紡いでいけたらと改めて思う。

 

 

 

聴きたくても聴けなかった頃。


m-flo / been so long

 

youtubeにすっかりお世話になる日々。

自分の聴力に合う音楽、

耳が疲れない音楽ばかりを聴いてきたけれど、

最近は、昔、聴けなかった音楽を聴くようになり、胸がいっぱいになる。

 

たとえば、ラップやロックは、私の耳では聞けない音楽。

 

学生時代のときは、今のようにネットもなく、

好きなときに好きな音楽をみつけて聞ける時代でもなく、

ラジオやテレビの音楽番組をみて、いま流行りの音楽情報を吸収するのが普通でした。

 

当時の私は、学校という集団生活において、

聞き取りづらい耳で、みんなの声を聞き取ろうと駆使するあまり、

帰宅後は、耳に激痛が走り、補聴器を外して、ぐったりする日々。

 

聞こえるクラスメートたちは、その「普通」ができるわけで、

お昼時間や休憩時間に、音楽の話題になって盛り上がることもしょっちゅう。

 

そんな時間が、苦痛で仕方なかった当時のわたし。

 

知りたい音楽も、放送される時間にならないと聞けないし、

テレビ越しやラジオ越しの音楽は自分の耳では聞き取ることもできず、

音楽として聞けるジャンルが限られてしまったり、

かろうじてわかるのは言葉が聞き取りやすいKiroro槇原敬之などのバラードやフォークソング

 

でも、みんなとの話題には合わないのよね。笑

 

結局、わからないけど、わかるフリをして、適当に相槌をうつのみ。

 

時代は変わり、

好きなときに聞きたい音楽を見つけ出せる今。

しかも、歌詞が自動で出てくる動画も増えてきて。感涙

 

情報も容易く手に入る。

昔と違って、みんなとの会話の場で話題についていけなくても、

ネットで調べれば、流行りが何かをすぐに把握できる。

普通学校に通う難聴児にとって、かなり救われる部分もあるとおもう。

 

そんなことを思いながら、

昔、聴きたくても聴けなかったラップやロックを、

1日に10分だけ、味わい深く嗜んでます。笑

(10分以上音楽を聴くと、耳に負担がかかり、聴力低下してしまう変な耳のため。笑)

 

自分の学生時代、こんな曲達が流行ってたんだなぁ、

あのとき同級生が話していたのは、この曲のことだったのかなぁ、、

と感慨深くなる。

 

 

責任。

 

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自分の想いを言葉に残すことが、めっきり減る。

頻繁に綴っていた20代前半が、ふと懐かしくなり、

それくらい、いまは元気になってきたのかなと感慨深くなる。

 

なにかに責任を持つことも増えてきて、

それがまた幸せでならない。

 

責任って、重いだけではないんだなぁって。

 

でも、

時によっては、

責任が"健全さ"蝕むことさえある。

大事なものを無くすことさえある。

 

その天秤が難しくなる。

 

ただ、

その責任は、

誰かを想ってこそ、

生み出されるものであると、

忘れずにしなきゃなって痛感させられる。

 

嫌な人や

頭に来る人に出会うたびに

この人にも、守りたい誰かがいて、

大切な人のために生きてるんだろうな

って思うと、

憎む気持ちが不思議と消える。

 

みんな、

きっとどこかでなんとなく、

大変な思いをしてきてるんだろうなあ。。って。

 

その気持ちを、大事にしまうのが、私なりの乗り越え方だったり。

 

きみいろの花

iTunesで、曲を紹介できるのを知り、
私事ですが、早速、紹介してみる。 

きみいろの花

きみいろの花

  • ポプラノオト
  • ポップ
  • ¥150
  • provided courtesy of iTunes

 

10年前まで書いていた

ともぴぃのニコニコ日記♪」というブログで

読者さんだったHitomiさんから、

「ともぴぃの言葉に曲をつけさせてほしい」
というお声をかけていただき、

全く会ったことがない中で、

メールや手紙などのやりとりを経て、

二人合わせて、”hanaakari”という名前で、

私の言葉に曲をつけてくれました。

 

 

それが、「きみいろの花」。

 

自分の言葉が、音楽によって奏でられていくことに、

すごく感激して感動したのを昨日のことのように覚えています。

もう10年以上前のことだとおもうと、もう懐かしい。。。

 

ひとりでも多くの人に聴いてもらえますように。

 

ほんと、Hitomiさんのエネルギッシュさや行動力には脱帽しきりです。

尊敬することもたくさんあり、そんな方に知り合えて、

本当に本当に幸せものだなぁと実感するばかり。

 

そんなHitomiさんは、現在も、

名古屋を中心に「ポプラノオト」として活動されています。

ぜひ、見てみてください♪

popuranooto.jimdofree.com

 

ありがとう。

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10月6日、
祖父が病床にて息を引き取りました。

入院してから、約4ヶ月。
飲み食いも一切できず、経管栄養で生きながらえる日々。
長い入院生活で認知症も進んだり、良くなったりの波があったり。
家族で協力しながら、なるべく祖父1人の時間を減らすべく、毎日昼過ぎから19時半までは誰か彼か交代しながら、びっちりいるようにしたり。そんな中で、祖父にたくさんの安心感を与えてくれたのは従弟で、感謝してもしてもしきれないほど。ありがとう。

 

最期の最期まで、祖父を通して学ばされた日々でした。
最期の最期に、家族が本当に大好きな祖父だったんだなと実感。 
葬儀も、両親の優しさが詰まっていて、母が祖父の絵をたくさん飾ろうと提案して、絵をいっぱい飾ったり。父の最期の挨拶には号泣。

祖父が愛した家族は、みんな優しくて、温かくて、そんな家族の一員であることに胸がいっぱい。

辛すぎる入院生活から解放されて、今ごろ行きたかった場所にたくさん遊びに行ってるんだろうなあ。

 

おじいちゃん、本当にありがとう。
ご苦労様でした。

 

祖父に会ったり、話し相手をしてくれた日本の友人をはじめ、沢山の海外の友人たちに感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとう。

いつか家族の誰かを介護する日が来るかもしれない思いから始めた介護職、ちゃんと祖父の役に立って、本当によかったなとしみじみ。

家族のみんなが、さくらが、あの家が大好きだよ。

と痩せ細った顔で力なく呟いた言葉、ずっとずっと忘れません。

 

 

休みのたびに、必ず病院に行くのが癖になっていたから、少し寂しい。
病院の方々も本当に温かい人たちばかりで、感謝の気持ちでいっぱいです。

拘束。

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1ヶ月前に、

祖父が重度の肺炎で入院し、

人工呼吸器をつけて、なんとか復活。

 

幸い、一週間で自発呼吸ができるようになり、

嚥下機能が低下してるため、鼻からの栄養で乗り切る日々。

 

認知が少し低下し、鼻からのチューブがいずいため、抜いてしまうため、手袋をして、チューブを抜けないようにしている。

 

それでも、

 動けないようにさせられるのは、 

本人の自尊心に非常に傷が付く。

 

介護職時代に、

安全のために拘束が必要となる現場をたびたび目の当たりにしてきたけれど、

人手がないとはいえ、安全のためとはいえ、胸がキリキリ。

 

身内がとなると、より、より辛くなる。

 

先日、病室で二人きりになったときに、

 

辛い辛い辛すぎる

 

と涙をこぼした祖父。

 

 

辛い思いを少しでも減らすべく、

これ以上認知症が悪化しないように、

面会中は、手袋を外してもらえるため、

家族で交代しながら、毎日びっちりお見舞いをしたり。

 

お見舞いで手袋を外すたびに、拍手して喜ぶ祖父。笑

 

一日も早く、鼻からの栄養が取れて、口からご飯が食べられる日が来ますように。

 

そして、

どこかの国みたいに、拘束をせずに治療ができるようになる日がきますように。